究極のミニマリストがあまりにもしんどくて哀しい。

公開日: : 最終更新日:2020/07/01 ミニマルライフ, 音楽、映画、芸術、世界

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自由を追求したら、家は必要なくなっていた。

このフレーズを額面通りに受け取ればとてもポジティブで確固としたポリシーを持った選択に思えます。どこか飄々とした潔さすら漂う。

少なくとも、私はそう感じて勝手に内容をある程度想像して挑んだのです。だからこんなにしんどい話だったことにかなり驚きました。

あ、「しんどい」って方言ですかね?
普段はできるだけ方言は避けてわかりやすい言葉を使うように心がけていますが、今回ばかりはしんどい、を用いるのが的確かと。

ホームレス ニューヨークと寝た男

ずっと気になっていた映画「ホームレス ニューヨークと寝た男」を観ました。(※以下ネタバレ含みます)

参考 ホームレス ニューヨークと寝た男(オフィシャルサイト)

元モデルのハンサムでチャーミンングなルックス、スマートな身のこなしの彼は、一見誰もが羨む”勝ち組”。しかし、華やかなパーティー会場を後に向かった寝床は、マンハッタンのペントハウスではなく、雑居ビルの街のアパートメントの「屋上」。マークはもう6年近くも屋上で寝袋にくるまる生活を送っている。

登場するのはストリートスナップやファッションウィークのバックステージを切り取るフォトグラファー、マーク・レイ 52歳。華やかな業界に身を置いているにもかかわらず、マンハッタンのアパートメントの屋上でもう6年も生活しているホームレスであるというギャップに驚く人は多いでしょう。

「自由を追求したら、家は必要なくなっていた。」
「究極のミニマリスト?サバイバルの達人?ニューヨークで家を持たずに暮らす方法」

といったコピーからちょっと奇妙なセレブ生活を楽しむスタイリッシュな業界人の姿を想像していたのですが、序盤で早くもこの予測が間違っていたと思い知らされる。

なぜならマークがホームレス生活を選んだ理由は彼が「一緒にされたくはない」と言う他のホームレスのそれと何ら変わらなかったから。彼は自由意志で敢えて「家を持たない」生活をしているのではなく、金銭的に困窮し「家を持てない」生活に陥ってしまったのでした。

52歳という決して若くはない年齢の男が人目を忍んで友人の住まうアパートメントに不法侵入を繰り返し寝袋にくるまって寝る毎日。時に繰り出すマークのユーモアと無意味なポジティブさに若干の救いはある。あるけど、しんどい。

確かにホームレスにしてはきちんとした身なりをしているし、完全なる世捨て人でもなく仕事もそれなりにやっている。けれど決して活き活きとはしておらず、その佇まいからは屋外生活の疲れが濃く滲み出る。

いやあ、こんなにしんどい話だったとは。開始数分でぐったりしてしまいました。

自由な男の中途半端さに脱力する

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しんどい、といっても別に大の男が食えないなんて、とか50を過ぎてそんな生活情けない、とか「普通であること」を押し付けるつもりはなく。

もしも同じ状況でも本人がその生活を自分の意思で選択し心から楽しんでいるのであれば(不法侵入には絶対的に賛同できないにしても)受け取る印象はガラッと変わったと思うのです。ああ、こういう生き方もあるのね、と。何を望み、何に幸せを見出すかは人それぞれ違って当たり前だよね、と。

けれどマークは自らのホームレス生活を時に茶化す程度の余裕は持ち合わせていても心から楽しんではおらず、さらにはホームレスになってでもファッションフォトグラファーや俳優としての夢を掴みたいとかそういう気概やこだわりも全く感じられない。かといってただ働きたくないとか遊んで暮したいなんていう根っからの怠け者体質でもなさそうで、もう何もかもが振り切れておらず見事に中途半端。

これは、辛いなあ。

ドキュメンタリーなんて人によって受け取り方が変わるのは当然だけれど、マークの生き方を見て元気をもらえたとか勇気づけられたなんて感想が出てくる人がいるのはすごいなあと驚きます。いやいや、相当しんどくない?これ。

50歳を過ぎても、答えなんて出ない

気になったのはマークは自分の才能を認め、うまく活かすことができなかったのではないかという点。

大きくは稼げなかったことがモデルを辞めた原因なのかもしれないけど、彼は外見の良さだけしか取り柄がない自分に嫌悪していたのではと感じられる発言がいくつかあるのです。例えば

「モデルなんて知性を必要としない仕事」

とか

「この外見だから女性には苦労しないと思われるけど、女の子はみんなどうせ遊びなんでしょとか他に女がいるんでしょと言って本気にしてくれなかった」

など。

特に恋愛観については外見の良さが障害になってうまくいかなかったと思っている節があり。いやいやその理論でいけばイケメンはみんな生涯独身ってことになりませんかって話なんだけど。そうじゃない本気なんだの一言は言いたくなくて、愛してるも言えなくて、でも誘われれば喜んで一夜の恋には応じますってなんじゃそりゃと思うのです。受け身すぎるよね、と。

外見がいいって羨ましいことだし立派に才能として成り立っていると思うのだけど、ルックスだけがよくて中身が空っぽな男として見られることに嫌悪感があったのか、はたまた自分がそうであると認識しているからこそビジュアルで勝負するモデルを続けることに抵抗があったのか。

本編を通して見ても真意が見えず謎だらけだったので鑑賞後にいくつかインタビューを読んでみたのですが、ダメだこりゃ感がより一層強まるものも多く。

参考 マーク・レイさんとの特に結論のない対話(ほぼ毎日イトイ新聞)

まさしく結論のない対話。結局はこの映画で自身の恵まれたルックスを活かせたのだから結果オーライとも言えるけど、50歳を過ぎてもなお迷いの中にいるらしい彼の言動があまりにリアルで妙に怖いのです。

究極のミニマリストがどうしても手放せないもの

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一方ちょっと納得できた対談記事も。

参考 「私は屋根の上の生活をすることの自由を楽しんでいました。」映画『ホームレス ニューヨークと寝た男』マーク・レイ(主演)×菅付雅信(編集者)対談(DOTplace)

楽しんでました、ってアンタ辛い辛いって泣いてたでしょとツッコミたくもなるけれど、本当は欲しいのにいやいやそんなものいらないですよとやせ我慢して欲しくないフリをしないところはなんだか素直だなと。

関連 貧乏入門 あるいは幸福になるお金の使い方。

そしてああやっぱりそれなのか、とも思う。結局はニューヨークか、と。

どこで人生間違ったのかとか、大学だってちゃんと出てるし真っ当なキャリアを積む人生もあったのにとか、実家に帰ってお母さんと暮らす選択もできるとか、いろんなことを考えても結局彼がホームレス生活をしてでも今手放せないのはニューヨークなのか、と。

家を持たない自由を選んだといいつつも、街に縛られている矛盾と可笑しさ。私にとってはなんともしんどかったこのドキュメンタリーだけれど、それでもマークのスイートホームから見えるマンハッタンの朝焼けは哀しいほどに美しく、それは絶望でもありかすかな救いでもあるように見えたのです。

暮らしとは、住まいとは家そのものに非ず。街の持つ力って大きい。

関連 理想の暮らしと住まい、家はどこまでが家なのか。

モノがなくても幸せだよなどという薄っぺらいメッセージを伝えるのでもなく、ファッション業界が抱える闇を世に曝け出すものでもなければ、アメリカの貧困や失業問題に一石を投じる目的で作られたものでもない、一人のちょっとダメな男の生活に大きな愛を持ってただ密着しただけのドキュメンタリー。ねえ、これどうよ?と観た人みんなに聞いてみたい。

ミニマリストの持たない暮らし

珍しくしんどいしんどいを連発してしまいましたが、なんだっけなあこの気持ち。このモヤモヤ感を端的に表す言葉があったよなあと帰りの電車で考えていてふと気づく。

そっか、これ、同族嫌悪ってやつだわ。

余談だけど、屋上で花火を観るシーンで阿部寛の「結婚できない男」を思い出しました。

 




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Comment

  1. より:

    大した感想でもないのに恥ずかしいですが、つい感想を口にしたくなるような興味深い記事でした……。

    >まさしく結論のない対話。結局はこの映画で自身の恵まれたルックスを活かせたのだから結果オーライとも言えるけど、50歳を過ぎてもなお迷いの中にいるらしい彼の言動があまりにリアルで妙に怖いのです。

    ↑こちらのコメント。
    映画は見ていないのですが、彼のインタビューを読んで、うんうんと肯いてしまいました。

    アメリカ都会の競争社会にいるひとって、内面はどうあれすごく、「自己肯定感にあふれ」で「コンフィデンス一杯」みたいなコメントをなさる印象があるのですが、この方のコメントを読むと「へえ、意外と内面は『こんな自信無げ』なの?」と感じて面白かったです。
    そしてそれをチラ見せしてしまう、この方の正直さもまた、すこし切ないですね。

    なんでしょう、おじさまには、自信満々でいてほしい。
    (あ、でも厚かましいオッサンは苦手でもある……が、「まあ、オッサンってそんな(=厚かましい)もんだよね?」なんて、自分にはそういう思い込みがあったことに、今きづく……)。
    そして、彼はやっぱり、自分がおじさまとは思っていないのかも。まだ30そこそこの青年のようにも見える。
    というかニューヨークって、そもそもそんな街なのかなあ、ふとビリー・ジョエルが頭に流れます。

    おっしゃるとおり、彼は満足してホームレスをしているわけではない、ニューヨークにいるために「しかたなく」やっている。そんな印象がどうしても拭えません。
    人間、お金やら才能やら持てるものには、制限があるけど、「何かを『しかたなく』」みたいになっちゃいけないのだなと、感じました。

    映画もみずに余計なことをすいません。
    とても興味がわいたのですが、「たしかに『もやっと』しそうな映画だ」と二の足を踏むきもちも。
    こちらの記事に漂うもやっと感が秀逸なのですね、きっと。

    • crispy-life より:

      ぴさん

      コメントありがとうございます。

      そうなんです。本編中にもまさしくそんな表現があるのですが、彼は度々「ほら、俺ってこのルックスでしょ?」みたいにおどけてナイスミドルを気取りながらも、自分に自信がなく、そんな自分が嫌いだと苦しむ。この生活に関してもアートを体現するために自分を極限の状態に追い込み云々、とかテキトーにそれっぽい言い訳を作れそうなものなのに、それはしないんですよね。辛い状況でも友達に頼れなかったのは不器用さゆえなのかプライドなのかわかりませんが、自分の弱さを全世界にひけらかす素直さはすごいなあと妙なところに感心してしまいました。まあそれが切なさに繋がるんですけど。

      昨年末にニューヨークに行ったタイミングでもあったので楽しめるかしらなんて軽い気持ちで観ちゃったのですが、まさかこんなにぐったりするとは思いませんでした。舞台がニューヨークじゃなくて例えばハバナとかだかったら(そもそも話が成り立たなくなりますが)こんなに切なくはないだろうななんて考えたり。街の持つ力って大きいですね。

      なんだかなあともやっとした気持ちをもやっとしたまま書いてやたらと長文になってしまったのですが、こうして丁寧なコメントをいただき嬉しいです。東京は本日で公開終了のようですが、すぐに発売されると思うので是非観てみてください。

  2. ASA より:

    つい先日、私もポジティブなイメージを持ってこの映画にのぞみ、
    「しんどすぎ…」とぐったりしたばかりです!
    その後、ほぼ日インタビューでさらにモヤっとしたのも同じ。
    でも今、もう一つの対談を読んで少しモヤモヤが晴れました。

    たまたまその直後に「人生フルーツ」という映画を観て、
    ああ、すべてがホームレスの彼の対極だなあ…
    というか、自分もこういう生活に猛烈に憧れていたのに、
    今やホームレス側に近い!とハッとしました。
    だから、彼にイライラしながら憎めないと思ったのかも。
    物の整理が進み、いよいよ引越し先を決めようという今、
    しみじみと己れを再確認できる2本でした。

    「結婚できない男」の花火!
    先日の佐野元春ネタに続いて爆笑しました〜

    • crispy-life より:

      ASAさん

      おお、鑑賞後の感想を教えていただき興味深いです。私のもやもやはどう考えてもやっぱり同族嫌悪なんですよ…自分を見ているようでキーッとなります。人生フルーツはチェックしていませんでした。観てみよう。

      佐野元春&阿部ちゃんに反応していただいてありがとうございます。笑わせるつもりはないんですが、なんであんな夢見ちゃうんでしょうねえ。。。

  3. ナイト より:

    クリスピーさんこんにちは!

    お久しぶりです、いつぞやのナイトです。いつも楽しく拝見させていただいてます♪ もしよければなのですが、今回のような記事の場合「ネタバレします」的な一言があると非常にうれしいです〜 ご検討いただけないでしょうか!

    • crispy-life より:

      ナイトさん

      こんにちは!

      あああすみません、ちょっと書きすぎましたかね。でもこれ、観ないとほんとのところはわからないので、あんまりネタバレでもない気がします。もやもやするのは私だけかも知れないし、見る人によって全然景色が違って見えると思います。

      いつもありがとうございます!!

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