少ない、小さい、軽いをよろこぶおかしな流れ。
夏季休暇中の友人らと集まって、遅い時間から食事へ。
突然パエリアが食べたくなったという意見が出て、選んだのは恵比寿にあるこじんまりとしたスペインバル。出来上がるまで時間のかかるイカスミのパエリアを先にオーダーし、サラダにアヒージョ、アスパラガスのマリネ、タコのガリシア風など、それぞれ気になるメニューをチョイスしました。
「もしもお腹に余裕があれば、お肉料理もどうぞ」
お兄さんはそう微笑んだけれど、まあそれは、ファーストオーダーが出揃ってからにします。空腹の勢いに任せて、かなりあれこれ頼んじゃったからね。
少ない、小さい、軽いをよろこぶおかしな流れ
とりあえず生ビールで乾杯して、夏のビールの一口目の旨さを気色悪く絶賛しているところへ、次々に運ばれてくる料理たち。
大皿でやってきたサラダは別として、タコやマリネは小さなうつわに盛られてかなりお上品な分量での登場となりました。
「お、こりゃちょうどいいサイズだね。なんなら肉までたどり着けるかもしれん」
などと再びメニューブックを広げてほくそ笑む私に反して友人らは
「う〜ん、さすが恵比寿プライスって感じだね」
と苦笑い。
あ、言われてみればそうか。1品の価格はそうお高くはないにせよ、これだけ量が少ないってことは当然割高なんだよね。
この頃は誰かと一緒よりも、一人で飲みに出る頻度の高い私。
小皿で、量が少なくて、お腹にずっしりたまらない軽めのつまみがある店がうれしい。という謎基準がすっかり常識となってしまっていたことに気付かされたのでした。
いいも悪いも簡単にひっくり返る
大きいことはいいことだ。とは限らない。
それでも大勢で食事するならば(常識の範囲内で)ドカンと盛りのいい料理をよろこんでもよさそうなものなのに、日々の習慣とは恐ろしい。知らぬ間に、妙な考えクセがついている。
考えだけじゃなくて、行動とか習慣とか、人間にはいろんなクセがついていて、同じ作業や思考を繰り返しているうちに、当たり前じゃないこともいつしか当たり前になっていく。
それは善か悪かという単純な話を持ち出す気はさらさらない。ただ、盛りの少ない料理も状況によっては正義になりうるというあやふやさは面白い。いいも悪いも状況次第で簡単にひっくり返るし、なんなら自分で決めることさえ可能なパターンもある。
私にとってはいい人である友人が、誰かにとっては鬼かもしれないし、酔って友人らに絡む鬱陶しい私は、状況が変われば天使なのかもしれぬ。天使でいられる具体的な状況は、全然浮かんでこないけれど。
などとさらに深みに嵌って考えそうになって、いかんいかんと意識を目の前のカルパッチョと談笑へと戻す。今この場所で、この状況で、ぼんやり脳内会話なんてのは勿体ないからね。
そんな夏休みの一夜。話すのと飲むのと笑うのに忙しくて、結局肉料理には辿り着けず。
ビールと白ワインですっかりいい気分になった私は、案の定後半部分の会話の記憶も朧げで、しかし確実に上機嫌で、終電に乗りこんだのでした。
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