痛いおばさんファッションのその後と女子の謎。
その後もたまにやってます、痛いおばさんコーデ遊び。
最近髪型を変えたのでまた色々試すのが楽しくて、そして徐々に寒さも和らいできたので妙な格好で外出するのが面白い。妙、と言ってもただただ頓珍漢にしているのではなく、自分なりのお気に入りで構築したそれなりに計算した上での装いです。
ああ、自由っていいよねえ。
嫌われるおばさんの謎
さてここでもちょくちょくおばさん、という言葉を用いておりますが。
関連 おばさんバンザイ。
基本的に「おばさん」ってあんまり好まれない言葉ですよね。実は私自身そんなに嫌いな呼称ではないのですが、実際に誰かから面と向かってこう呼ばれることは少ない。
おばさんの本来の意味は「叔母さん」であり、姪っ子や甥っ子がいる場合は呼び方をどのように躾けるかは各家庭のご事情によって変わってくるのでしょうが、まあ関係性としては立派な「叔母」なわけです。あとはお子さんがおられる方なら子供の同級生などに「タローくんのおばちゃん」などと呼ばれる機会もあろうかと。
よって本来の意味でのおばさんでもなくそう呼ばれそうな機会もなくおばさんになり損なったおばさんはなかなかおばさんと呼ばれるチャンスがないのです。チャンス、ってのもアレですが。
そういや以前公園で若い男子にナンパされて蝉取りに興じたことがありましたが、その男子は二人で遊び始めてしばらく経ってから
「ねえ、自分の子供いるの?」
「いないよ?」
「ふうん」
というやり取りの後、私のことを「おねえさん」と呼び始めて衝撃を受けたことを覚えています。こんな小さな子でも未婚女性に対してはおばさんと呼びかけてはならぬ、などと教えられているのでしょうか。例えそれがママよりずっと年上らしきおばさんでも。別にそこはおばさんでいいんじゃないのか、おばさん怒ったりしないよ?
居心地が悪い女子の謎
そこで女子ですよ。
大人女子、弁当男子など、ナントカ女子、ナニヤラ男子という妙な言い回しもすっかり定着した感がある今日この頃。毎回言ってますが
「40過ぎてもずっと女の子でいたい!」
みたいなキラキラヒラヒラの世界とはなるだけ距離を取って生きていきたいと考えておりまして、というかもう既に十分な距離はあって、両者は永遠に交わることのない平行線であります。そこはそれ、人ぞれぞれ向き不向きがありますから大人女子とか美魔女になりたい人は女子力なるものをを向上させればよくてそれ自体は全然否定しないし、私はなれないしなりたくないというただそれだけのこと。
しかし猫も杓子も大人も子供も「女子」ってのはどうなのよ、と。気持ち悪くないか、と友人に同意を求めたところ
「年齢関係なく性別を表すのに男子女子は至って自然かつ便利な言葉だ。おまえは『女子100m自由形』などの表現でも気持ち悪いと言うのか」
とあっさり論破されたのは女子・男子という言い回しが流行り始めた頃でした。ぐぬぬ、正論。
そうか。ナントカ女子っていつまでも若さにしがみついていたい男女の願望から多用されるようになった違和感アリアリの表現だと勝手に感じていたけれど、むしろ自然でフラットな言い回しであったのか。と、自分の無知さにがっかりしたものです。
いや、実際のところはそういう意味で広まったのではなないかもしれませんが、確かに女、男、と言い切ってしまうのは憚られる場面では幾分ソフトな女子、男子は使いやすかろうなあと。
自分で開拓するマイおばさん時代
青春時代が夢なんて後からほのぼの思うものらしいですが、人生におけるおばさん時代ってどれくらいの長さなんだろう。「高齢者」の定義を65歳から75歳に引き上げようという動きもある今、おじさん、おばさんが似合う年齢は所謂「中年」世代ってことでしょうか。
中年(ちゅうねん)とは成人として中くらいの年齢。すなわち壮年期を過ぎたころから高年期の域に入る前までを指す。朱夏(しゅか)とも。(wikipedia)
中年の定義もぼんやりですね。
30歳過ぎたら立派なおばさんと呼ばれた時代もありましたが今の30歳なんてピッチピチのぷるんぷるん。現代では40過ぎてようやくおばさんの域って感じじゃないでしょうか。そしてそのおばさんも今やショートカットで固めのパーマで紫メッシュで後ろからみればみんな同じみたいなこともさすがになくなってきているのでフォローすべく絶対的アイコンはもはや存在せず、自分の力で長くて短いおばさん時代を開拓していくしかない。
よってわたくしはやはり40代らしいファッション模索よりも今の自分に似合うそれ、そしてたまには痛いファッション遊びをも推奨するものであります。
まあ実際問題「おばさん」が嫌われるのはおばさん臭さが付いてまわるからであって、おばさん呼び自体に加齢からくるあれこれに全面降伏した者への揶揄が含まれているからなのでしょう。確かに、若さに固執するのといつも溌剌元気でいることは全く別のことだからね。
痛いおばさんファッションは愉快だけれど、痛いながらに楽しむためにもまずは背中を伸ばしておらねばならぬ。いやはや、キラキラ女子ならずともおばさん時代の真ん中は道に迷っているばかり。
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Comment
crispy様
個人宅廻りの客商売なので、お兄さん、と
呼ばれることがあります。
かえってお客様に気を使わせているような気がして
何となくムズムズします。
でも、それなりの年齢になっても自分のことを
おじさん、おばさんと認めない人が居るから
面倒な話なんでしょうね。
認めない人ほど老けて見える傾向が笑。
とりあえず、森田公一とトップギャランは
しかと受け止めました笑。
確かに、道に迷っているばかり 苦笑。
卒業までの半年が、未だずっと続いているような 苦笑。
ちゅーなーさん
なんと!おじさんもそういう風潮なのですね。
しかしこれを書いた後考えていて、おじさんおばさんって実は絶滅危惧種なのかもしれないと思い至りました。私も居酒屋で明らかに私より年上の女性店員さんに「おねえさん」って呼びかけますからね。ということは我々は世間一般としてもあからさまにはおじさんおばさんになれなかった世代、なのかもしれません。あくまでも「あからさまには」ですが。
相変わらずなに言ってるのかわからなくなってきましたが、おじさんおばさん論は引き続き考えて行きたいテーマではあります。まだまだ卒業できませんね。