孤独な一人暮らしのソーシャルディスタンス。
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最終更新日:2020/12/20
生き方と考え方

例のアレが収束の兆しを見せないまま、そろそろ終わろうとしている2020年。
自分の生活に少なからずの影響はあったけど、悪いことがあればいいこともあるのが世の常で。
いいこと、と分類するのはさすがに乱暴かつ配慮がなさすぎるのは承知の上。無理やりよいことを見つけるとするならば、程度ではありますが。
「人とは十分な距離を取りましょう」。この新しいあたりまえをありがたく感じる方は結構多いのではないでしょうか。
とにもかくにも社交すな、の世界
長らく世間では「社交的かつ活動的であること」はよい行いとされており、仕事でもプライベートでも多くの人と接することは歓迎されていました。積極的に外に出ず、人と関わらず、社交の場に出ない人間を外の世界に引っ張り出すことを「社会復帰」と名付ける風潮すらあったのです。
18歳から42年間引きこもり 「テレビを見てたら60歳になっていた」
それが今年は一転。外に出るな、人と関わるな、とにもかくにも社交すな、の世界へと変貌を遂げたのだからあら不思議。一般常識なんてただの幻想、または限りなく主観に基づいた価値観でしかないのだなあとしみじみしました。
社交もせず、なんなら家から出なくても、生活が成り立っており、なおかつ本人が満足しているのであれば(←ここ重要)、何ら問題はないもの。
孤独な一人暮らしのソーシャルディスタンス。
物理的にも心理的にも距離が近すぎる関係が苦手な人間にとって、突然やってきた空前のソーシャルディスタンスムーブメントはちょっとありがたいものではありました。
まあ社交ってリアルだけでできるものでもないので、オンラインに持ち込まれると余計に逃げ場ないとか、家族がいれば口実もできるけど、一人暮らしはそれも難しいとか別の問題も孕んではいます。テレワークになった途端に上司がメッセージ連打マンに豹変してしんどい、とかもそうかな。
長年孤独力の研究に勤しんできたわたしなぞは、もう人様から積極的に距離を詰められる機会などそうそうないですけども、仕事関係の会食やら送別会やら忘年会やらがなくなるのはいっそ清々しいものだなと思った次第です。
職場の人間関係に悩み、孤独力を促進。
わかってますよ。そういう場が失われることで、困る業界や、人がいることも。社交なんてすべてなくなっちまえ、なんて決して思っておりません。ただ、せっかくこういうおかしな状況を全世界が経験したのだから、これからは社交したい人も、そんなに必要としない人も、距離を取りたい人も、詰めたい人も、お互いがそれぞれの価値観を否定することなく尊重しあいながら、なんとなくうまいことやっていけるようになるのでは、という話。
どっちみち、みんな100年足らずでさよならすると決まっているんだから、この世で好きに遊べたらいいね。
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