地元で生きる力強さと終の住処を考える。

By: ume-y
先日久しぶりに浅草へ出かけました。
久しぶり、と言っても今年は春のお花見でも東京日帰り弾丸ツアーでも浅草に行っているのでそう久しぶりでもないのですが、ここのところ一人でぶらぶら浅草の街を歩くことはあまりなかったような。
私が生まれて初めて浅草を訪れたのは確か15年ほど前のこと。転勤になり東京で働き、住んではいたけれど自宅と会社と飲みに行くエリアくらいしか東京を知らなかった私にとって、平日昼間の浅草は驚きの街でした。
なんというか、ものすごく殺伐としていた。
あの時の景色を思い出せば外国人観光客がレンタルらしき着物姿でそぞろ歩く仲見世通りや開放的なロビーが目を引くBUNKA HOSTEL TOKYOなど外国人バックパッカーに人気のおしゃれなホステルが乱立する今の浅草のなんと活気のあることよ。浅草もこの短い間に随分と様変わりしたんですね。
そこで生まれ育ち、生きるということ

By: Hajime Nagahata
なんて江戸っ子のえの字もない一観光客に過ぎない私がほんの10数年前から現在の浅草について語るなどおこがましいにもほどがあるのですが、なんとなく寂しげな印象すらあったホッピー通りの盛況っぷりにおののいたわけであります。
そしてこの手の観光地にありがちな意味不明な土産物&飲食店の多さにも苦笑い。なぜにここ浅草に縁も所縁もないシュークリームやらチョコレートやらキャラクターグッズを買わねばならんのだ。などと毎度思うのだけれどよくよく考えてみれば人がわんさか集まるところに珍しいものを売る新しい店がやってきて、やがてそれが流行し、定着したりはたまた廃れたりする、なんてのはそれこそ江戸時代から繰り返されてきた東京の文化、江戸っ子気質みたいなものなのかもしれません。
さて、ここ15年ほどの浅草しか知らない私でも街の変化についてなんだかんだと思うところはあるわけです。ならばここで生まれここで育った人から見た地元浅草とは一体どんな存在なんだろう。そんなことをふと考えたタイミングで「浅草 老舗旦那のランチ」を読みました。
ナビゲーターは地元を代表する老舗店主の皆さんで、商売のかたわら外で昼食をとることが多く、当然ながら行きつけの店が何軒もあります。伝統を重んじ、仕事にうるさく、コストパフォーマンスにも厳しい旦那衆のお眼鏡にかなうランチとは? リレー対談形式でとっておきの一品を推薦していただきます。
これは俗に言う観光・グルメ本ではなく、昼食というテーマから展開される浅草の老舗で生まれ育ち、現在も浅草で商いを営む人々のリレー対談集。登場するのは創業120年の扇店三代目や1880年創業のすき焼き専門店の六代目店主など、浅草らしい華やかな肩書きをお持ちの面々です。さすがは老舗の旦那衆、という浅草がらみの話はもちろん
「うちの先代がいつも連れ回していたそうですみません」
なんて先輩旦那衆に恐縮する若旦那、なんて「らしい」関係性も伺えてなんかいい。
旦那衆は物心ついた頃にはご近所の大人から名前ではなくやれ三代目、四代目と呼ばれながら育ち、生まれた時からこの地で商売を継ぐこと以外の人生を考えたことなどないと口を揃えます。みなさん良家のおぼっちゃまらしくいい大学を出て留学なぞも経験し、商社などにお勤めし社会経験を積んだのち家業を継ぐ、というパターンが多いようで。
彼らは単なる浅草っ子ではなく、「老舗の旦那」なのでこれが一般的な江戸っ子の暮らしや生き方ではないでしょうけれど、それでもその地で生まれ育ち生きていくことの力強さみたいなものを感じるのでありました。
終の住処を考える
別に老舗の旦那じゃなくても生まれ育った場所でそのまま生きていく人は少なくはないでしょう。そして一度は外へ出たけれど何かのタイミングで地元へ戻る、という人も。
家業を継ぐとか守るべき家があるとか、仕事の都合や結婚、出産のタイミング、はたまた家族に介護が必要になったなど、地元へ戻るきっかけは人それぞれ。けれど、私を含めそんなタイミングが何もない人もいると思うのです。また、生まれ育った地域以外の場所で
「終の住処」
を見つける場合だってあるはず。
後者の「タイミングが何もない人」は、何をきっかけとしてどんな理由で地元以外の場所への定住の決心をするのだろう。
先日、とある地方出身の女性と話をしていて将来は地元へ戻るの?と問うたところ
「私の地元ってかなり不便な場所で仕事もないから戻っても仕方ないかなって」
という答えが返ってきました。じゃあ今のところはずっと東京の予定なんだ、と聞けば
「そう言われるとなんだか違うような気がする」
と。
しっかりと将来設計ができている人から見ればあまりにも無計画に思えるかもしれませんが、私には彼女の気持ちがよくわかります。一人で身軽に生きているとこの歳になってもまだまだ道半ば感満載。
まあ計画通りに行かないのもまた人生、思い描いた通りの道をそのまま歩く人のほうが少ないのでしょうけれど。
地元も出て、戻るきっかけもなく、かといってずっとここで生きていこうと決めているわけでもなく。こんな状態のままなんとなく最終地点は決まるのでしょうか。それともきっとここだと察知するような運命的な出会いがあるのでしょうか。
なーんて別に深刻になっているわけではないれど、自分とは全然違う地元との付き合い方をしてきた人たちの暮らしを垣間見て、この場所で生きていくという決意のようなものについてぼんやりと考えたのでした。
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