老いていくってこういうこと。
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生き方と考え方
神田駅のホームで、ご老人がじっとこちらを見ている。
何か困ったことでもあるのだろうかと近づくと「アラキ」に行きたいのだとおっしゃる。
アラキ、ですか。
巣鴨に行くには内回りか外回りどちらに乗れば、くらいの質問だとばかり思っていたものですから、ちょっと焦りました。
頭がおかしいものですから
アラキ。山手線じゃない。京浜東北線にそんな駅あったか?
アラキ?アラキ…と唱えながらスマホを取り出すと
「千葉県のアラキ。新しい木で新木」
とのこと。あ、荒木だと思ってたら新木でしたか。無知ですみません。でも、いずれにせよ調べないことには行き方がわからずに検索。
「常磐線で、行くのです。乗り換えがわかりません。私はもう、頭がおかしいものですから」
私がぽちぽちやっている横で、ご老人は何度か呟く。
ちょうど京浜東北線が入ってくる直前だったので、これに乗って上野で降りれば常磐線に乗り換えができますよと伝えると、こちら、この、今来るこの電車、はあ、はいはい。と、頷きながらそそくさと去って行かれました。
お気をつけて、と声をかけるも、返事はなし。わかっているんだか、いないんだか、いまひとつ掴みきれない頼りなげな後ろ姿を、ホームでなんとなく見送る。
こんな状況、少し前なら文句のひとつも言いたくなったかもしれない。わざわざ調べて親切に教えたのに、礼も挨拶もなしか、とか。これだから年寄りはイヤなんだよ、とか。でもこの時は自分の中に怒りや落胆とは別の感情が湧いていることに気がつきました。感情というか、単に、ああ、老いるってこういうことなんだな、と思った。
老いていくって、こういうこと
80代と思しきご老人は身なりも足取りもしっかりはされており、言葉遣いも丁寧で、「きちんとした人」という印象がありました。しかしご自身について幾度も
「頭がおかしい」
と表現される。推測するに、考えることが億劫になったとか、忘れっぽくなったとか、それこそ電車の乗り換え駅が覚えられなくなった、という意味での「おかしい」なんだろうけど、以前できていたことができなくなっている自覚があるがゆえの発言なのでしょう。
まだ40代の自分ですらほんのりと物忘れの片鱗が見えつつある今。ご老人が、礼や挨拶よりも電車に乗ることを優先するその感覚はものすごくよくわかる。だって、忘れないうちに乗らなきゃ、帰れなくなるかもしれないもの。偽善意識でも、年取るってイヤだねなどという憐れみでもなく、ごく普通にそう感じ、なんとなく自分の父親を思い出す。出先で困ったことがあったら、父も見知らぬ誰かを頼れているだろうか。
この世には純粋な意地悪ばあさんとか横柄じじいも存在するので、ご老人がみな悪気なく行動しているとは全然思わないけれど、老いていくって多分こういうこと。自分の親だってもう既に似たような状態だろうし、運が良ければ私だって同じように老いていく。加齢のせいで行動言動がままならなくなるのはさほど愉快なことではないけれど、それも自然の摂理であるならば、今目の前にある季節を味わう以外にすべきことなどあるものか。
あの後、無事常磐線に乗り換えされましたか。
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