私の話を聞いてくれない。
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最終更新日:2021/03/26
生き方と考え方

人の話を聞かない。これはなかなかにネガティブな印象を与えがちな行動であります。
「あいつ、人の話聞いてないからな」は、立派な悪口になり得るし、「あの人ったら、私の話なんて全然聞いちゃいないのよ」は、ため息まじりに繰り出されるセリフ。
しかし「相手が全然聞いてないなってわかってても、気にせずそのまま喋りつつけることがたまにある」となると、やけにポジティブな響きになるじゃないですか。
これは最近聞いた、ちょっといい話です。
私の話を聞いてくれない
なんだかよくわからないが、やけに喋りたい気分になる時がある。手っ取り早く家人に向かってくだらない話を延々と続けたいのだけれど、それは自分の勝手な欲求であって、真剣に聞かせるほどの内容でもない。だから、へーとかほーとか、明らかに気の無い相槌を打たれても、一切気にせずにそのまま喋り続けるのだ、と。
なんか、いい話じゃないですか。ねえ。
目的は、相手に構ってもらうことでも、真剣に話を聞いてもらうことでもない。ただ、誰かに向かって話し続けることである。
だから相手には聞く姿勢以上のこと、例えば気の利いた返答やら、熱い議論などといったものは一切求めない。「なんで私の話をもっと真剣に聞いてくれないの?」とか言わない。なんなら、うわの空でも可。
欲しいものが明確にわかっているから、さらにはお互いのキャラクターを理解しあえているからこその、素晴らしいコミュニケーションの形じゃないか!と、いたく感心したのですよ、私は。
もちろん、聞かされるほうの身になればそれなりの災難というか、今日もお疲れ様ですと労う他ないのですが、へーとかほーとかいうくらい大した手間じゃないし、それで相手の気が済むなら安いもの。
下手に意見して衝突するより、今夜のおかずのことなど考えながらへーとかほーとかしてるほうが得策。と判断してのことかどうかは知りませんけども、需要と供給が一致しているというか、聞いてないことを攻めもせず、喋り続けることを諫めもしない、ある意味思いやりにあふれた家庭内エピソードだなと思った次第です。
この話を聞いて、以前確かアルテイシア氏が
「女の愚痴はカラオケみたいなものだから、あソレソレ〜とか適当に相槌打ってくれるくらいがちょうどいい」
みたいなことを書かれていたことを思い出しました。愚痴じゃなくても、女に限らずとも、歌いたい気分の時ってあるものね。あソレソレ〜。
私は自分が話したい欲はあまりなく、どちらかというと喋りたい友人の聞き役に回ることが多い。そして気の利いた返しができずに申し訳なく思うことがしばしばあります。
会うたびに落ち込む友人関係
しかし冒頭の話と照らし合わせてみたらば、別にうんうんと聞いてるだけでも、そう悪くはないのかな。あソレソレ〜。
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