妄想で作り上げる、大人の高度なお遊び。
文字からの情報しか得ていない食べもの。つまり、写真や映像では確認していない料理に対して、ひどく魅力を感じる。今となっては普通のこととして受け入れているこの感覚の原体験は、一体いつ、そして、なんだったっけ。
絵本だから「絵」はあったけれど、写真ではないのでぐりとぐらのカステラは入るか。あと、王さまが大の卵好きってのも記憶に残ってるなあ。
が、いやまて。何よりも鮮烈だったのはやはりバターではなかろうか。
虎が木の周りをぐるぐる回っているうちに、バターになる。虎バターで焼いたパンケーキよりも、その尋常じゃない消費枚数のインパクトよりも、バターの製造過程に強い衝撃を受けたのはなぜだろう。バターってところがまたいいんだよね。厳密にはバターじゃなくてギーだけど、この際細かいことはいいじゃないか。
文士料理入門にニヤつく
昔の文士たちが作り、食べていた料理を、古本酒場の主人が再現する「文士料理入門」をパラパラめくって、ふふふ、やっぱりそうだよね、とうれしくなりました。中秋の名月には毎年蛸のぶつ切りに思いを馳せたり、レバーをウスターソースに漬けずにはいられなかったり、茄子のにんにく炒めが気になって仕方ないのは私だけじゃないのね、と。
そうそう、これこれ!とニヤついてしまうのは、結局のところ酒飲みのポイントを突いた料理が並んでいるからだけな気もするけれど、どこかで読んだまだ見ぬあれを体験してみたいなあと妄想する癖のある人間には、愉快な1冊。
食への愛が高じて詳細なレシピ本を出している「文士」も多いので、それらを元にして忠実に再現できる料理もあるけれど、写真や映像ではなく、文字情報のみから出来上がりを連想し、さらに自分の好みも入れ込みつつ仕上げる作業というのは、単なる料理や調理とは別の面白さがある。
作品の中の料理を再現という趣向は「剣客商売庖丁ごよみ」も同じだけれど、これは作者本人監修企画だから、またちょっと別ジャンルか。あ、「マンガ食堂」も文字からではないけれど、再現系には違いないですね。ブログでも披露されている料理の再現性の高さは相変わらず怖いほど。
昔読んだあの本に出てきた料理のレシピが知りたい、というよりも、同じものを読んだ誰かがあの描写をどんな風に感じ、受け取り、形にするのかが、やたらと興味深い。そこがきっと再現系料理本を好む理由なんだろうな。人の頭の中にあるフィルターを覗いている感覚。
覗き、なんていうと、少々悪趣味か。
グルメガイド的な本やサイトは確かに役に立つし、それをなぞっての聖地巡礼もいいけれど、実際に自分の手で再現してみるのはより高度かつ変態的なお遊び。もちろん、狩野さんご夫妻はこれらの料理を自身のお店で振舞っておられるのだから「お遊び」ではないけれど、根本には遊びの要素が多分にあるんじゃなかろうかと推測します。そのほうが、面白いし。
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